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  • 長野どうぶつ眼科センター

実施症例 CASES

角膜損傷症例への投与①

患者様(ブルドック)は角膜潰瘍を発症されていました。点眼と抗生剤による標準治療を行ったのですが一向に改善せず、1ヵ月後には左眼はデスメ膜瘤、右眼は融解性角膜潰瘍へと悪化しました。デスメ膜瘤とは眼球表面の角膜実質組織が深く欠損してしまい、最下層のデスメ膜と角膜内皮層だけで眼球の内容物を留めている状態です。つまり、眼球穿孔(眼に穴が開く状態)や失明の危険性があり、とても緊急性が高い状態です。
眼球穿孔を防ぐには何とかして失われた角膜組織を自己修復させるしかなく、そのような組織の修復には兎にも角にも血管からの栄養等の物質供給が必要です。しかし、角膜は血管が乏しい組織なので修復が容易ではありません。角膜損傷において、眼球周辺から自発的に血管が損傷部に伸びるような症例はだいたい自然修復します。ところがこの症例は、両眼ともに眼球周辺からの血管の伸長が途中で止まってしまっており、眼球中央の角膜損傷部まで達していませんでした。デスメ膜瘤に対して当院眼科では、近くの結膜組織を一部剥離して角膜欠損部へ乗せる手術(結膜フラップ術)を行います。緊急処置ですが、結膜片を通る血管を角膜欠損部へ伸ばさせようとする眼科では一般的な方法です。さらに、これが眼球周辺からの血管ともつながって、“血流”ができることも重要です。通常、デスメ膜瘤に対して実施できる処置はここまでであり、あとは無事治ることを期待しますが、必ずしもうまくいくというわけではないのです。この患者様は眼球周辺の血管伸長は弱く、緊急性も高いことから、何とかして確実・早期に血管伸長を促したいところでした。
間葉系幹細胞は強力に血管の新生・伸長を促すサイトカイン・血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌することが知られています。当院でも、犬治療用の他家・間葉系幹細胞がVEGFを分泌することを確認しています(図上段左)。そこで結膜フラップの直後に、患者様に間葉系幹細胞を静脈点滴投与するオプション治療を実施することで、患者様のもつ血管新生能力を強く刺激して、患部に血管が伸長するように期待しました(数日内に間葉系幹細胞をさらに2回、お尻の筋肉内へ追加投与しました)。
そうしましたところ、左眼では結膜フラップの実施から6日後に結膜片下の角膜欠損部において顕著な血管新生・伸長が起こりました(図中段)。時間が経過すると角膜欠損部は完全に実質組織で埋まって修復されました(図には示していませんが、治癒後に結膜フラップ片は取り除かれています)。眼球穿孔は無事防がれたのです。興味深いことに、融解性角膜潰瘍の右眼では、結膜フラップのような特別な処置をしていないにもかかわらず、間葉系幹細胞の投与後に眼球周辺から眼球中央部(角膜潰瘍部)へと血管が伸長し、しばらくすると角膜潰瘍が治癒しました。一連の治療の終了後に、当院で保存させていただいた患者様の血液サンプルを分析してみたのですが、3回の間葉系幹細胞投与のいずれの後にも一過的にVEGF量が上昇していました(図上段右)。以上のことを考えあわせますと、間葉系幹細胞の投与で患者様の自己治癒力(血管新生力など)を増強させ、これが角膜損傷の回復に大いに貢献したのではないかと推察されました(図下段)。いずれにせよ、この症例では標準治療に間葉系幹細胞療法(オプション治療)を併用することで、より確実、より良い改善につながったと考えられます。

角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与①
角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与①
角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与①

角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与①

角膜損傷症例への投与②

患者様(猫、スコティッシュ・フォールド)は他院様からの紹介で当院併設の眼科センターへ来院されました。右眼の角膜炎が原疾患でしたが、標準治療を行ったものの改善せず、角膜の一番上の層の角膜上皮層が部分的に欠損した症状(特発性慢性角膜上皮欠損:SCCEDs)に至った状態です(図)。SCCEDsは角膜の上皮(角膜の最も上側の層)とその下の角膜実質の接着が不十分で剥がれてしまうことが一因で、このようになると不快感で眼がショボショボしてしまいます。このような場合、状態の悪い角膜上皮層を含む領域を綿棒で一旦取り除き(デブライドメント)、フレッシュな角膜上皮層の再生させる処置を行います。他院様でこの処置を行ったところ、角膜修復に必要となる血管新生がほとんど現れず、残念ながら角膜上皮欠損が治らなかったのです。
当院でも最初は内科的な標準治療を行いましたがSCCEDsの改善が認めらなかったため、デブライドメントを行うことにしました。以前の同処置では血管新生が乏しかったことを考慮して、当院ではデブライドメント処置の直後に、血管新生の促進効果が期待できる間葉系幹細胞(他家)を静脈点滴投与するオプション治療を実施しました。
デブライドメントおよび初回の間葉系幹細胞投与から7日後には、角膜表面に顕著な血管新生が起こっていました。この日に念のため2回目の間葉系幹細胞投与を行いましたが、その10日後ではさらに激しい血管新生が誘導されました。当院は眼科センターを併設しているのでデブライドメントは数多く行っていますが、このような著しい血管新生が誘導されたのは初めてであり、驚きでした。さらに時間が経過すると、今度は出現した多数の帯状血管が消失し、上皮で覆われて整復された角膜が出現しました。その後、角膜の透明性の改善を経て、右眼角膜は治癒となりました。
通常の処置に間葉系幹細胞投与を併用したことで、患者様の角膜血管新生が強力に促され、角膜上皮欠損の改善につながったものと考えられました。

角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与②

角膜損傷症例への間葉系幹細胞投与②

乾性角結膜炎症例への投与

乾性角結膜炎(いわゆるドライアイ)は、涙の量の不足や成分配合の異常が原因で、眼球表面が乾燥してしまって炎症を起こしている状態です。犬で発症することが多いですが、身体の免疫異常が原因で涙腺(涙を産生する組織)が傷害もしくは破壊されて、涙の産生に異常をきたすことが発症原因の多くを占めています。治療は眼球保護や免疫抑制のための点眼や軟膏塗布ですが、点眼は毎日、しかも1日数回実施する必要があります。免疫異常が関与するという性質のために改善が難しい場合も少なくありません。この患者様(ミニチュア・ダックスフンド)は左眼に乾性角結膜炎を発症されました。飼い主様は300日の間、点眼を欠かさず行ってこられましたが、それにもかかわらず改善がないことと頻繁の点眼作業に疲れられていました。当院で間葉系幹細胞療法のリサーチを行ったところ、ちょうど犬の乾性角結膜炎とよく似ていると考えられている人間の自己免疫疾患・シェーグレン症候群(ドライアイ・ドライマウス症)に対して顕著な腺分泌機能の改善効果があったとの論文発表がされたばかりのところでした。間葉系幹細胞の投与により、体内免疫の調整と腺組織の修復の作用が発揮されたと推察されています。犬の乾性角結膜炎に対する間葉系幹細胞投与の効果は不明でしたが、飼い主様に間葉系幹細胞療法を提案したところ快諾いただきました。
当時の当院では他家間葉系幹細胞療法がまだ導入されておらず、全身麻酔下で患者様から脂肪組織を採取して間葉系幹細胞の培養を行う自家間葉系幹細胞療法で実施しました。間葉系幹細胞療法の実施前は、左眼に黄色いねっとりとした眼脂が大量に蓄積する状態でした。涙の分泌量はシルマー涙液試験・STT1で2 mm/分(正常は≧15 mm/分)と少なく、涙の成分組成の良し悪しを判別するT-BUTという試験でも2 sec(正常は≧20 sec)と低値でした(図)。
患者様自身の間葉系幹細胞を培養して3回静脈点滴投与したところ、初回の間葉系幹細胞投与から14日後では、STT1が12 mm/分、T-BUTが3 secと改善し、眼脂量は減少していました。初回の間葉系幹細胞投与から96日後では、涙の産生に関してはSTT1が8 mm/分、T-BUTが8 secと改善がまずまず維持されており、眼の症状的には眼脂の産生がほとんどなくなり、乾性角結膜炎は大きく改善しました。標準治療では長期にわたって改善がみられなかった乾性角結膜炎が、間葉系幹細胞を投与することで乾性角結膜炎が大きく改善したものと推察されました。
なお、当院のこれまでの経験では、間葉系幹細胞投与の涙の産生への効果は、よく認められる場合と乏しい場合とに分かれる印象で、全ての乾性角結膜炎の症例で間葉系幹細胞の効果があるわけではないと思われます(乾性角結膜炎の発症原因や涙腺の破壊状態によって異なると考えられます)。最近では、涙の産生に障害のある涙腺に間葉系幹細胞を直接投与する方法も開発されています。

乾性角結膜炎症例への間葉系幹細胞投与

乾性角結膜炎症例への間葉系幹細胞投与

皮膚疾患症例への投与

患者様(柴犬)は1歳でアトピー性皮膚炎を発症し、食事療法、減感作療法、シャンプー療法、ステロイド、免疫抑制剤など様々な治療を行いましたが、9年間改善がなく、飼い主様は困っておられました。当時、(マウスや人間の)アトピー性皮膚炎への間葉系幹細胞投与の効果を示した論文はわずかにあったものの、その効果については良くなるというものとあまり効果がないというものが混在していて、犬のアトピー性皮膚炎に対する効果は当院でも推測が難しいところでした。しかしながら、当院では経験的に間葉系幹細胞の投与が皮膚コンディションの改善に大きくつながるという手応えをつかんでいたので、長年改善がなくて困っていた飼い主様に間葉系幹細胞(他家)の投与を提案しました。
まずは間葉系幹細胞の静脈点滴投与を約1週間隔で4回実施、その後は約1ヵ月間隔で投与を実施しました。1ヵ月経過するころには、全身各所の皮膚病変において明確な発毛・増毛、色素沈着の改善が見られました。さらに間葉系幹細胞療法を継続することで皮膚状態の改善がさらに進みました。通常、当院の治療用他家間葉系幹細胞は健常ドナーの脂肪組織から製造するのですが、この患者様の治療ではより強力な免疫調節作用を持つと考えられている臍帯間葉系幹細胞(新生誕生犬由来)を製造する機会があり、10回投与することができました。患者様の容貌的には大きな改善が認められたことは、飼い主様に一定の満足感を与えるものでありました。一方で、患者様の掻痒感は消失したわけではなく、患者が痒がる動作はみられます。
間葉系幹細胞投与でアトピー性皮膚炎が根本的に改善したというよりは、患者様の皮膚状態が著しく改善したという感触です。皮膚状態が上がることは外部アレルゲン物質に対する皮膚バリア機能の向上につながるので、アトピー性皮膚炎の改善に貢献していく可能性が考えられます。最近ではマウスや人間でアトピー性皮膚炎に対する間葉系幹細胞投与の効果を調べた論文が多く発表されてきており、総じてアトピー性皮膚炎に対して改善効果があることを示しています。
これはアトピー性皮膚炎とは関係ないのですが、この患者様は性ホルモン性尿失禁症も患っていました。飼い主様によると、間葉系幹細胞療法を行い始めてからいつの間にか症状が消えてしまったとのことです。

皮膚疾患症例への間葉系幹細胞投与

皮膚疾患症例への間葉系幹細胞投与

慢性肝疾患症例への投与

患者様(ジャック・ラッセル・テリア)は2歳時から血液検査で肝数値がやや高かったのですが、4歳時に行われた胆のう炎による胆のう摘出手術時に病理組織検査で慢性肝炎が見つかりました。犬の肝炎は原因がわからないことがほとんどで、根治させる治療はありません。悪化させずに維持することも大切になります。定法どおり、対症療法として肝機能改善薬と栄養補助剤を処方したのですが、肝数値の改善は認められないどころか、むしろ徐々に悪化していきました(ALT 808 U/l、ALP 365 U/l)。肝臓は病気が相当進むまで悲鳴をあげない“沈黙の臓器”と呼ばれます。この患者様も検査的にはかなり肝数値が上昇しているのですが、身体症状としては特段の問題は現れず、元気・食欲も普通どおりにありました。
ただし、これまでの経過を踏まえて飼い主様には、①標準治療では患者様の肝臓の改善や維持が困難であると思われること、②現在は大きな症状は出ていないものの、このまま慢性肝炎が継続または進行すれば重篤な肝機能不全に陥ると予想されることを説明しました。そして、③人間では慢性肝疾患に対して間葉系幹細胞の投与が肝機能不全に伴う症状の軽減や線維化改善など有望な結果が示されてきており、犬においても慢性肝疾患の改善または維持できる可能性があるかもしれないことを説明しました。そして、標準治療に併用するオプション治療として間葉系幹細胞療法を提案しました。
最初は患者様の自家間葉系幹細胞の培養を行って8回の静脈点滴投与を行いました。初回の間葉系幹細胞投与前にALT 1601 U/l, ALP 613 U/lまで悪化していた肝数値は、間葉系幹細胞療法の実施から1ヵ月ほどでALTは600台、ALPは400台にまでは改善しました。自家療法は自家脂肪組織の摘出が必要となるため継続的な実施が困難であったので、その後は他家間葉系幹細胞に切り替えて定期的に投与することにしました。肝数値の改善はありませんでしたが、一方で以前のような急激な悪化を起こすこともなく、患者様は引き続き元気に過ごされました。1年後に一時的に肝臓状態の悪化に由来すると考えられる体調不良を引き起こしましたが、低用量のプレドニゾロン(ステロイド)を追加処方して症状および元気食欲は1ヵ月内に回復しました。他家間葉系幹細胞投与の併用をずっと継続していましたが、肝数値は時間とともにさらに改善していき、最終的にはほぼ正常値で長期安定しました。肝臓の病理組織検査では、以前の検査で認めた肝炎の病理像(肝細胞壊死、炎症性細胞浸潤、微小肉芽形成)は完全に消失しており、きれいな肝臓の組織像を見ることができました。
犬の慢性肝炎は治癒が困難なのですが、一般的な治療に間葉系幹細胞投与を併用したこの症例ではおおむね良好に維持され、最終的には肝臓の病理・病態像がほとんど消失しました。間葉系幹細胞療法の併用が炎症鎮静や組織修復の効果を発揮して、慢性肝炎の維持や改善に貢献したのではないかと考えられました。

慢性肝疾患症例への間葉系幹細胞投与

慢性肝疾患症例への間葉系幹細胞投与

脊髄梗塞症例への投与

患者様(ミニチュア・シュナウザー)は後ろ足が突然麻痺してしまいました。MRI検査で頸椎に異常(梗塞像)が見つかり、原因は脊髄梗塞と判明しました。脳や脊髄のような中枢神経は栄養の消費が大きい組織なので、その活動や維持に大量の栄養が必要となります。何らかの原因でそれら組織に栄養を届ける血管が詰まる(または破損)すると、その血管に依存している神経組織領域が急速に壊死して脊髄神経がダメージを受け、身体活動に障害が生じます。発症時にできる治療はほとんどなく、梗塞部位の血流が何らか自然に回復するのを待つしかありません。それでも、通常は3ヵ月程度では自然回復して歩けるようになることが多いです。ただ、神経組織の壊死を伴う病気なので、神経へのダメージの大きさによっては後遺症が残ることもあります。もし、発症後にできるだけ神経組織の炎症や壊死を軽減し、神経がダメージを受けないように保護してあげられれば、早期回復や後遺症の軽減・回避につながる可能性があります。
脊髄梗塞と似ている脳梗塞(人間)では、発症後速やかに間葉系幹細胞を投与すると、脳神経機能が保護され、後遺症が軽減されることが示されていました。国内獣医療では、椎間板ヘルニアによる急性期の脊髄損傷に対して間葉系幹細胞を投与すると、神経のダメージに由来する後ろ足の麻痺の症状が大きく改善することがよく知られていました。これは、間葉系幹細胞が病気の治療に役に立つ多くのサイトカインと呼ばれる物質を分泌するからです。特に神経組織の損傷では、IL-10, HGF, PGE2のような抗炎症性のサイトカインは組織の炎症を抑える作用を発揮し、BDNFやNGFのような神経栄養因子は神経細胞がダメージを受けたときに保護作用を発揮する作用が期待できます。VEGFは血管が詰まった部分をバイパスするように新しい血管を伸ばして血流を回復させる可能性に加えて神経を保護する作用があります。
国内獣医療の脊髄損傷症例への間葉系幹細胞投与では、その多くが患者様自身の間葉系幹細胞を培養して投与する自家療法で行われています。サイトカイン分泌の効果以外にも、投与した自家の間葉系幹細胞が神経細胞へと分化して脊髄へ定着する可能性もあります。ただ、患者様自身の間葉系幹細胞の培養には約2週間の時間がかかるのでそれまでは待たなければならず、その間は神経組織へダメージが続いてしまいます。この患者様に対して当院では、とにかく速やかに神経保護を行うために、直ちに他家間葉系幹細胞療法を1回実施しました。同時に、患者様自身の間葉系幹細胞の培養も開始し、その11~18日後にかけて3回の自家間葉系幹細胞の投与を行いました。
治療前には立っていること、姿勢を変えること、ご飯を食べることにもひどく不自由をきたしていた患者様は、1回の他家間葉系幹細胞の投与と3回の自家間葉系幹細胞の投与を受けながらどんどん改善していきました(動画)。そして1ヵ月も経つと、以前のように元気に走ったり、階段を飛び跳ねることができるようになりました。通常の脊髄梗塞の経過と比べると、比較的早期に、そして後遺症もなく良好に改善しました。間葉系幹細胞投与の効果が少なからず貢献したものと考えられます。

脊髄損傷症例への間葉系幹細胞投与